全日本吹奏楽コンクール、第1回から全部そろいました
74大会・5,241演奏を無料公開。いちばん吹かれた自由曲と、いちばん金賞を獲った団体
2026年8月1日(土)
1940年11月23日、橿原神宮。全日本吹奏楽コンクールの全国大会は、そこから始まりました。吹パ!はこのたび、第1回(1940年)から第73回(2025年)までの全国大会を、1演奏ずつたどれる形ですべて公開しました。合計74大会・5,241演奏。せっかく通史がそろったので、86年ぶんを数えてみます——いちばん多く吹かれた自由曲は何か。いちばん金賞を獲った団体はどこか。
コンクールの記録は、不思議なくらい残りにくいものです。県大会の結果は連盟のサイトから数年で消え、紙のプログラムは押し入れの奥へ。全国大会でさえ、ウェブで通しでたどれる場所はほとんどありませんでした。吹パ!は連盟が公開してきた結果を集め続けてきましたが、それでも遡れるのは十数年ぶん。残りは書籍のなかで眠っていました。
その最後の空白を、今回埋めました。第1回から第73回まで、開催されたすべての全国大会が、団体名・指揮者・自由曲・賞まで入った状態でデータベースに載っています。1940年の1団体も、2025年の1団体も、同じように検索でき、同じように団体ページからたどれます。
「全部」の中身
- 第1回(1940年)から第73回(2025年)まで、74大会・5,241演奏。
- 自由曲は5,241演奏中5,240件に入っています(残り1件は書籍側に記載がありません)。
- 1943〜1955年の13年間は空白ですが、これはデータの欠けではありません。戦中戦後の混乱で大会そのものが開かれていない期間です。
- 2020年(第68回)は新型コロナウイルスの影響で中止。回の枠だけ残してあります。
- 団体名・指揮者名・曲名は、当時の紙面の表記をそのまま残しています(「喇叭鼓楽」「養徳報国団」といった当時の言葉も、書き換えていません)。
なぜ「初」と言い切らないか
第1回から通しで、1演奏ずつたどれる形で公開しているデータベースを、私たちは他に見つけられませんでした。ただ「日本で初めて」と名乗るには、見つけられなかったことを根拠にするしかありません。もしご存じの先行例があれば、ぜひ教えてください。
1940年の全日本は、こんな大会だった
第1回の名前は「紀元2600年奉祝・集団音楽大行進並大競演会」。1940年11月23日、会場は橿原神宮と大阪朝日会館でした。主催は大日本吹奏楽連盟と朝日新聞社。出場は12団体です。
部門構成が今とまるで違います。「吹奏楽」のほかに「喇叭鼓楽(らっぱこがく)」があり、翌年からは「喇叭隊」「鼓笛隊」も加わりました。学校単位の〈学生部〉と、企業や地域の〈青年部〉に分かれています。課題曲は部門ごとに指定され、吹奏楽部は行進曲「大日本」(海軍軍楽隊)、喇叭鼓楽部は意想曲「野営の篝火」(大沼哲)でした。
| 部門 | 団体 | 指揮者 |
|---|---|---|
| 吹奏楽・学生部 | 大阪市立東商業学校音楽部 | 黒羽資雄 |
| 吹奏楽・青年部 | 金光教玉水青年会吹奏楽団 | 水谷藤太郎 |
| 喇叭鼓楽・学校部 | 埼玉県川越商業学校喇叭鼓隊 | 塩野茂吉 |
| 喇叭鼓楽・青年部 | 神戸喇叭修得団 | 諸田義雄 |
この4団体のうち2つは、名前を変えて今も続いています。大阪市立東商業学校は大阪ビジネスフロンティア高等学校へ、埼玉県川越商業学校は川越市立川越高等学校へ。ただし1948年の学制改革で旧制の学校と新制の学校は制度上は別物になったため、吹パ!では両者を同じ団体として合算していません。当時の記録は当時の名前のページに残し、「前身」として相互にリンクしています。
いちばん多く吹かれた自由曲
| 曲 | 作曲者 | 回数 | 初登場 | 直近 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲 | ラヴェル | 114回 | 1976年 | 2025年 |
| 2 | 交響詩「ローマの祭」 | レスピーギ | 101回 | 1988年 | 2024年 |
| 3 | 3つの交響的素描「海」より 風と海との対話 | ドビュッシー | 69回 | 1978年 | 2023年 |
1位のダフニスは、初登場が1976年の出雲市立第一中学校。以来ちょうど50年、2025年の静岡大学吹奏楽団まで途切れずに選ばれ続けています。いちばん多く持ち込んだのは大阪府立淀川工科高等学校の6回。ピークは1990年代で、この10年だけで41回吹かれました。
面白いのは3曲でピークの位置が違うことです。「海」は1980年代(24回)が山で、その後はゆるやかに減っていく。ダフニスと「ローマの祭」は1990年代(41回・36回)に山が来ます。流行はたしかにあって、しかも作品ごとに10年ずれている。全国大会の自由曲は、その時代に何が「勝てる曲」と思われていたかの記録でもあります。
いちばん金賞を獲った団体
| 団体 | 所在 | 金賞 | 出場 | 金賞率 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ブリヂストン吹奏楽団久留米 | 福岡県 | 39回 | 51回 | 76% |
| 2 | ヤマハ吹奏楽団浜松 | 静岡県 | 36回 | 42回 | 86% |
| 3 | 神奈川大学吹奏楽部 | 神奈川県 | 34回 | 52回 | 65% |
金賞・銀賞・銅賞という3賞になったのは第18回(1970年)から。それ以前は「第1位」「優勝」という順位制でした。だからこのランキングは自動的に1970年以降の勝負になります。
数字の質でいうと、際立っているのはヤマハ吹奏楽団浜松です。全国42回のうち金賞36回で、金賞率86%。残りは銀賞2回で、銅賞は一度もありません。ブリヂストン吹奏楽団久留米も銅賞ゼロ、銀賞8回。全国に出ること自体が難しいうえで、出れば金という水準を数十年続けたことになります。神奈川大学吹奏楽部は出場52回が全国最多タイで、2013〜2018年の6年連続金賞は上位3団体で最長です。
順位制の時代の「最強」は
1940〜1969年に第1位・優勝をいちばん多く獲ったのは天理高等学校の8回。西宮市立今津中学校と阪急百貨店吹奏楽団が7回で続きます。賞の制度が違うので、上の表とは合算していません。
どう数えたか
- 対象は全日本吹奏楽コンクールの全国大会だけ。支部・県・地区大会は含みません。
- 曲は自由曲だけを数えました。課題曲は全員が同じ曲を吹くので、回数を比べる意味がありません。
- 曲名は表記のゆれを作品単位にまとめてから数えています。ダフニスは「バレエ音楽」の有無、「第2組曲/第二組曲」、抜粋楽章の書き方の違いで25通りの表記があり、そのまま数えると1位になりません。
- 団体は名前ではなく団体単位で数えました。ブリヂストンは1984年の社名変更(ブリヂストンタイヤ株式会社→株式会社ブリヂストン)を境に紙面の名前が変わりますが、同じ楽団として合算しています。ヤマハ浜松も、書籍が支店名を省いた年の行を同じ楽団に寄せています(同じ大会に両方が出ていないことを機械的に確かめたうえでの判断です)。
- 1948年の学制改革をまたぐ旧制校は、現代の学校と合算していません。戦前の記録は戦前の団体ページに残し、「前身」としてリンクするだけにしています。
この記事は無料公開です
本文の数字はすべて吹パ!のデータベースから直接数えたものです。第1回からの全記録は誰でも無料で閲覧できます。気になる学校をお気に入りに登録しておくと、今年の結果が出たときにお知らせが届きます。
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